前回は、15分という区切りが
兄弟ルールから生まれた話を書きました。
今回は、その先で気づいたことです。
時間を区切ることで、
“やる気”の扱い方まで変わってきた——そんな話です。
「やる気が出たらやろう。」
これは大人でも、つい言ってしまう言葉です。
でも我が家で起きたことは、少し違っていました。
やる気は、待つものではありませんでした。
始めると、出てくるものでした。
15分という”ちょうどいい箱”
15分は短いです。でも、短すぎない。
「え、もう終わり?」と感じることもありますが、
「まあ、やってもいいか」と思える長さでもあります。
たとえば、こんなふうに。
- ピアノの練習をする(3回弾く)
- 音読の宿題をやる(教科書を2回読む)
- 進研ゼミを1つ進める
決めた分だけやる。
終わったら、またマイクラに戻っていい。
するとどうなるか。
案外、すっと始めます。
そして、ちゃんと終わらせて、満足してゲームに戻る。
不思議なことに、言われたよりも長く続けることもある。
もちろん、終わらないときだってある。
どういう結果でも認めてあげる。
大事なのは、「始められた」こと。
無限は、人を動けなくする
前の「全部終わったら」ルールは、ゴールが遠すぎました。
全部って何? どこまで? いつ終わる?
子どもにとっては、ほとんど”無限”だったのだと思います。
終わりが見えないと、人は動きにくい。
でも15分なら、終わりが見えます。
人は終わりが見えると、動ける。
これは、子どもだけの話ではない気がしています。大人も、きっと同じです。
ゲームは、敵じゃなかった
マイクラを取り上げればよいのかもしれません。
でもそれでは、“区切る感覚”は育たなかったかもしれない。
ゲームは悪者ではありませんでした。
むしろ、時間を区切る練習台になってくれた。そう思うことがあります。
ここまで来て思うこと
「全部やったら」ルールは失敗し、
兄弟喧嘩に疲弊し、
結果として15分区切りに落ち着きました。
完璧ではありません。今も揉めることはあります。
それでも、「自分で区切る」という感覚は、
少しずつ育っている気がします。
これはマイクラというゲームの話のようでいて、
実は「環境設計」の話なのかもしれません。
何をするかではなく、どういう枠組みを作るか。
親の役割は、そこなのかもしれないと思い始めています。
次回予告
マインクラフトは本当に”思考力”を育てているのでしょうか。
それとも、親の私が、そう見たいだけなのか。
ここから少し視点を変えて、
ゲームの中で子どもたちが実際に何をしているのか、
もう一度ちゃんと見てみたいと思います。
この記事を書いた人
ぴくふぃろ|40代・3児の父
- 国立大学大学院修了(理系)
- 大学入試過去問集(赤い本)の編集経験あり(5年間)
- 趣味はランニング(サブスリーランナー)
塾なし・公立校育ち。「考える力」の本質を、マイクラを通じて親子で探求中。
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