マインクラフトは、教育にいいのでしょうか。
正直に言うと、私はこの問いに、今でもはっきり答えられません。
ただ一つ言えるのは、我が家で起きたこと、私が実際に目の当たりにしたことを、「ゲーム」や「教育」という言葉だけで単純に片づけることは、できなくなったということです。
なぜなら、マインクラフトは教育のために作られたものではないからです。
それでもなお、我が家では確実に「学び」が育っています。
今日はその理由を、少しだけ視点を変えてお話しします。
「教育にいいかどうか」で考えると、ズレる
多くの親は、こう考えます。
- 勉強になるか?
- 将来役に立つか?
- 無駄な時間にならないか?
とてもまっとうです。私も、まったく同じことを考えていました。
でも、息子がマイクラに没頭する姿を見ていて、あるとき違和感を覚えたんです。
この問い方自体が、ズレているのではないか?
子どもは「学ぼう」としていない
息子は、マイクラをしながら「思考力を鍛えよう」などとは、1ミリも思っていません。
ただ、
- うまく動かない
- なぜ失敗したかわからない
- でも、もう一回やりたい
それだけです。
けれど、その中で彼は自然に、試す→失敗する→原因を考える→やり直すを、何度も何度も繰り返しています。
これは「勉強」ではありません。でも、学びの原型です。
「順番」を考える力は、教えなくても育つ
第2記事で書いた通り、マインクラフトには明確な「順番」があります。
木を切らなければ、作業台は作れない。
作業台がなければ、道具は増えない。
この「前提→結果」の連鎖を、息子は誰に教えられるでもなく、体で覚えていきました。
私は横で見ているだけです。
ここで重要なのは、正解を教えていないという点です。
大人がやりがちな「学びの邪魔」
親として、ついやってしまいがちなのが、
- 先回りして教える
- 効率のいいやり方を示す
- 失敗しないルートを与える
という行為です。
でもマイクラの世界では、それをやると一気につまらなくなります。
失敗するから、考える。
遠回りするから、覚える。
私は、ここでようやく気づきました。
学びは、管理しすぎると死ぬ。
それでも「教育ツール」だとは思わない理由
ここまで読むと、「じゃあ、マイクラは最高の教育ツールですね」と言われそうですが、それにも私は違和感があります。
なぜなら、
- 何も考えずに遊べば、ただのゲーム
- 環境次第で、学びにも逃避にもなる
からです。
つまり、マイクラそのものに価値があるわけではない。
価値が生まれるかどうかは、その周りの「環境」と「関わり方」によって決まります。
「どんな優れた機械や道具も、使い手次第で成果が変わる」ということです。
マイクラも、それと同じだと思っています。
私が見ているのは「結果」ではなく「姿勢」
テストの点数が上がったわけではありません。
プログラミングができるようになったわけでもありません。
でも私は、
- わからないことに向き合う姿勢
- 失敗しても立て直す力
- 「できた!」と喜ぶ顔
を、毎日のように見ています。
それで、今は十分だと思っています。
まとめ|問いを、少しだけ変えてみる
「マインクラフトは教育にいいか?」
この問いを、私はこう言い換えています。
「この遊びは、子どもが考え続けられる環境になっているか?」
もし答えがYESなら、それはもう立派な「学びの場」だと思うのです。
次回予告
とはいえ、不安がゼロになったわけではありません。
- 兄弟で揉める
- 交代の時間を守れない
- 親が管理しきれなくなったら?
次回は、我が家で実際に起きている「兄弟ゲンカ」と、それでもマイクラを禁止しなかった理由について、正直に書いていこうと思います。
この記事を書いた人
ぴくふぃろ|40代・3児の父
- 国立大学大学院修了(理系)
- 大学入試過去問集(赤い本)の編集経験あり(5年間)
- 趣味はランニング(サブスリーランナー)
塾なし・公立校育ち。「考える力」の本質を、マイクラを通じて親子で探求中。
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